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長崎地方裁判所佐世保支部 平成7年(ワ)249号 判決 1999年4月26日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、二億〇四〇三万四三五〇円及びこれに対する平成八年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が宅地開発のために買い受けようとした土地につき三名の土地所有者とともに長崎県知事に対し、平成一〇年法律第八六号による改正前の国土利用計画法(以下「国土法」という。)の規定にしたがって届出をしたところ、同知事が同法二四条三項の不勧告通知をする際に、土地売買等届出書の写し三通を一緒に綴じて各土地所有者に送付したために、右土地所有者が他の者の予定売買価額を知り、その結果、各土地所有者らと原告との間で事実上まとまっていた売買が破棄され、原告の売買契約締結の期待権が侵害され、原告が予定していた土地の販売、建物の建築による利益を得ることができなくなったことを理由として、原告が被告に対し国家賠償法一条に基づき損害賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実等(証拠は括弧内に記載する。)

1  原告は、土地の開発造成及び建物の分譲並びに販売業等を目的とし、右業務を行ってきた(甲一、原告代表者)。

2  原告は、佐世保市小野町<番地略>ほか九筆の土地(面積合計約七四五九平方メートル)を買い受けて宅地造成し、造成後の土地の分譲、建物の建築を計画した。

右各土地は、それぞれ吉居肇(以下「肇」という。)、吉居三雄(以下「三雄」という。)、須加﨑靖弘(以下「須加﨑」という。)の三名がそれぞれ所有しており、原告は、右三名と個別に交渉した結果、それぞれ売買単価の合意に達した。(甲二ないし五、乙一ないし三、証人大島孝生、同三雄、同須加﨑、原告代表者)

3  そこで、原告と肇、三雄、須加﨑とは、平成六年一二月二日、それぞれが連署した長崎県知事宛の各土地売買等届出書を佐世保市都市計画課計画係を経由して提出し、国土法二三条の届出をした。

右各届出書には、予定対価の額が、肇所有土地につき、一平方メートル単価四万二三五〇円、三雄所有土地につき、一平方メートル単価二万一一五一円、須加﨑所有土地につき、一平方メートル単価二万二一一四円と各記載されていた。

4  長崎県知事は平成六年一二月二八日付で、右届出に対する不勧告通知(以下「本件不勧告通知」という。)をしたが、各所有者に対して不勧告通知書を送付する際に、三名の土地所有者の土地売買等届出書の写し三通を一冊に綴じて発送し、右不勧告通知書は、そのころ各所有者に届いた(右届いた事実は、証人三雄、同須加﨑、原告代表者により認める。)。

5  三雄及び須加﨑は、原告と肇との間の売買予定価額が自己のそれに比し高額であったことから、原告に対し、売買契約締結を拒絶し、あるいは代金を増額しなければ契約しないと申し出て、結局売買契約が締結されなかった(証人三雄、同須加﨑、原告代表者)。

二  争点

1  被告の責任

(一) 原告の主張

通常、国土法の届出が必要な売買契約を予定している当事者は、この届出を行う前に、売買契約の内容をある程度詰めて価額も決め、その上で同法の定める届出を行い、不勧告通知を受けてから、事前の合意内容に従い売買契約を締結する。

当事者は不勧告通知さえあれば、届出前に合意した内容に従って売買契約が締結されると期待し、契約が締結されるであろうことを前提に資金手当などを含めた行為を行うのであって、この当事者の地位を侵害するのは違法である。ましてや、不勧告通知がされた場合には、当事者の契約締結への期待は、より一層強まる。

長崎県知事の前記一の4の行為は、守秘義務に違反し、かつ、そのために原告と三雄及び須加﨑との間の土地売買契約が締結されなかったのであるから、原告の右のような地位、売買契約締結への期待権を侵害する違法なものである。

(二) 被告の主張

(1) 国土法二三条一項、三項、一四条一項は、国土法に基づく届出をした日から起算して六週間を経過する日までは、届出にかかる土地売買の予約契約や売買契約を締結することを禁止しており、それまでにされた当事者間の合意は法的拘束力を欠くから、原告主張の期待権は、何らの債権的意味も含まず、その権利性は極めて希薄である。また、原告の代理人である大島孝生は、肇の売買単価を坪一〇万円であると偽って、三雄から土地売買の承諾を取りつけており、このような所為は信義則、公序良俗に違反し法的保護に値しない。更に、原告の土地取得目的、各土地の位置関係からすれば、原告にとって、須加﨑の土地は三雄の土地の取得なくしては意味をなさないこと、原告が須加﨑から肇の土地の売買単価の教示を求められながらこれをしなかったことによれば、須加﨑の土地の売買契約に対する原告の期待権も法的保護に値しない。

(2) 他方、本件不勧告通知書を送付した被告の職員の行為は、地方公務員法三四条に違反するとはいえ、過失によるものに過ぎず、原告の前記行為の態様に比し非難可能性は極めて低く、また、右行為によって、結果的に三雄、須加﨑が不本意な土地売却を行わずにすんだのであるから、侵害行為の態様の違法性は極めて小さい。

(3) したがって、被侵害利益の種類、性質と侵害行為の態様の相関関係から検討すると、本件不勧告通知書の送付行為に違法性はない。

(4) 三雄が原告との売買契約を締結しなかった主要な原因は、原告らが同人に対して、肇の売買価額が坪約一〇万円である旨虚偽の事実を述べて、売買価額の合意を取りつけたことにある。本件不勧告通知書の送付がなくとも、三雄に肇の売買価額が発覚することはありうることであり、本件不勧告通知書の送付により肇の売買価額を三雄に知らせてしまったことは、原告らの右虚偽の申述に比べ条件関係も帰責性も弱い。また、被告において右のような虚偽申述という特殊な事情を予想することは不可能であった。したがって、本件不勧告通知書の送付と、三雄が売買契約を締結しなかったこととの間には、相当因果関係がない。

また、原告にとって、三雄の土地を買い受けることができなければ、須加﨑の土地を取得する意味はない。したがって、本件不勧告通知書の送付と須加﨑が売買契約を締結しなかったこととの間には、相当因果関係はない。

2  原告の損害

(一) 原告の主張

(1) 原告は、前記一〇筆の土地(約七四五九平方メートル)を造成し、三二区画の宅地(五七四五平方メートル)を建築条件付で販売し、右建物建築工事を請負って利益を上げることを計画していたが、三雄及び須加﨑所有の土地を買い受けることができなくなったため、宅地一五区画しか造成することができなかった。

(2) そのため原告は、予定していた三二区画の分譲、建物建築によって得られたであろう利益から、肇所有土地を取得して分譲、建物建築によって得る利益を控除したものを得ることができなくなった。

(3) 原告の右逸失利益は、本件不勧告通知書の送付と相当因果関係のある損害である。

(4) 原告は、三二区画の分譲、建物建築によって三億〇三九五万一〇八〇円の利益をあげることができ、一五区画の分譲、建物建築によって得られる利益は九九九一万六七三〇円であるから、その差額二億〇四〇三万四三五〇円が原告の損害額である。

(二) 被告の主張

(1) 前記のとおり国土法二三条による届出前の売買契約やその予約契約の締結が禁止され、かつ一般的にもそのように認識されていたのであって、本件土地取引においても、原告と三雄及び須加﨑とは、何らの予約契約も本契約も締結しておらず、三雄と須加﨑は売買契約を締結するかどうかの自由な選択ができ、原告もそれを甘受せざるを得ないのであり、三雄及び須加﨑と原告の関係は、このような売買契約締結の準備段階にあるにすぎず、原告の経済的利益もその程度のものである。

さらに、原告は前記のような虚偽の申述を行い、あるいは隠蔽をしている。

したがって、仮に被告に責任があるとしても、原告が主張するような売買契約が成立し履行された場合に得られたであろう営業利益を賠償する義務はなく、信頼利益の損害の賠償にとどまるべきである。

(2) 原告は、永続的な企業として、計画された宅地分譲等の規模が縮小したことにより、他の事業に力をそそぎ、その後も利益をあげている。

したがって原告主張のような方法により損害額を算出することはできない。

3  権利濫用

被告は、原告が前記のとおり虚偽の申述や隠蔽をしたこと、これらの行為は公序良俗に反する行為であること、原告と三雄、須加﨑との取引が法的拘束力もない段階にすぎなかったことを理由として、原告の本訴請求が権利濫用にあたると主張する。

4  過失相殺

(一) 被告の主張

仮に被告に何らかの損害賠償義務があるとしても、原告は、三雄及び須加﨑に対して、肇との間の売買予定価額につき虚偽の申述をしあるいは隠蔽して売買価額の合意に達したが、これが売買契約が締結されなかった原因であり、また、同人らが肇との間の売買予定価額を知って売買の同意を撤回した後原告は売買契約締結に向けた交渉努力を怠った。原告には以上の過失がある。

(二) 原告の主張

原告が被告主張のような虚偽の申述をしたことはなくまた、一旦合意された売買予定価額は、国土法で認められる上限であること、採算がとれなくなる可能性があること、原告が同じく宅地造成を計画していた近隣土地の買取価額の上昇につながることから再交渉をしなかったのであり、原告に過失はない。

第三  争点に対する判断

一  本件の事実経過

証拠(甲二ないし甲七、甲一六ないし甲一八、乙一ないし乙三、証人大島孝生、同三雄、同須加﨑(以下の認定に反する部分を除く。)、原告代表者本人)及び前記争いのない事実等によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、佐世保市小野地区内における土地の宅地開発を計画し、土地売買の交渉に入っていたが、平成六年六月ころ、同市小野町内会長吉居秋夫から、肇が所有する同市小野町<番地略>ほかの土地を買わないかという話を受けた。

そこで、原告は、併せて右土地に隣接する三雄、須加﨑所有の土地も買い受けて、合計一〇筆の土地(約七四五九平方メートル)を宅地開発し、三二区画(五七四五平方メートル)の住宅地を造成し、これを建物建築条件付で販売し、建物の建築を請け負う計画を立てた。

2  そして、原告は、平成六年七月ころから右土地売買の交渉をし、肇とは前記吉居秋夫を介して交渉し、同年七月二七日ころには売買する土地を佐世保市小野町<番地略>ほか三筆の土地とし、一平方メートルあたり四万二三五〇円で実測面積によることが合意され、一〇〇〇万円の証拠金が授受された。原告は三雄、須加﨑との交渉を不動産業者である大島孝生に依頼して、同年八月ころから交渉を始め、土地の売買とその価額の折衝を行い、三雄との間では、同年八月三一日に、売買する土地を同市小野町<番地略>の土地とし、売買予定価額を一平方メートルあたり二万一一五一円とすることが合意されて四〇〇万円の証拠金が授受され、須加﨑との間では、同年一〇月二八日に、売買する土地を同市小野町<番地略>ほか四筆の土地とし、売買予定価額を一平方メートルあたり二万二一一四円とすることが合意されて、六〇〇万円の証拠金が授受された。

原告と肇ら三名は、右土地の売買をするには、国土法が適用され、同法二三条に基づく届出が必要であったことから、同法による届出をし、不勧告通知を受けてから売買契約を締結することにした。そのため、売買契約書は作成されず、売買に関するその他の細目的条件(代金支払の方法・時期、引渡・所有権移転登記の時期等)の話合いもされなかった。

3  原告は、以上の交渉の結果に基づいて、各所有者とともに、同年一二月二日、それぞれが連署した土地売買等届出書を長崎県知事宛に提出し、同知事から、同年一二月二九日ころ、同月二八日付け不勧告通知書を受け取った。

4  ところが、被告職員が、右通知書に土地所有者三名の土地売買届出書の写しを一冊に綴じて、肇、三雄、須加﨑にそれぞれ送付したため、同人らは自己以外の他の二名の売買予定価額を知ることになった。須加﨑は、右通知を受けると直ちに原告に対し、土地は売らないと通告し、三雄は、坪一〇万円でなければ売らないと言い出した。

5  原告は、本件不勧告通知を受けてから、肇との間で当初の条件で売買契約を締結したが、三雄、須加﨑との間では、前記合意された売買予定価額を上回る価額で売買契約を締結することはできないと考え、売買契約を締結しなかった。

6  そこで、原告は、肇の土地のみを取得し、これを造成して住宅地一五区画(二五三三平方メートル)とし、販売した。

二  被告の責任について

1 以上のように、原告と三雄、須加﨑とは同人ら所有の土地を売り渡すことと売買予定価額が合意され、証拠金が授受され、不勧告通知を受けたのち売買契約を締結することとして、国土法二三条による届出をした。

このような段階に至った場合、原告が不勧告通知を受けたのちに、三雄及び須加﨑から、右売買予定価額の代金を支払って土地を買い受けることができるとの期待を有していたと解するのが相当であり、このような利益それ自体は、第三者からの侵害に対して法的保護に値する利益であるということができる。

2 また、前記認定の事実によれば、本件不勧告通知書の送付によって原告と三雄、須加﨑との間では売買契約が締結されず、そのために原告の前記1の利益が侵害されたと認められる。

3 そして、長崎県知事あるいは不勧告通知書の手続をした被告の職員の本件不勧告通知書送付行為は、職務上知り得た取引価額という秘密を漏洩する行為であって、地方公務員法三四条の守秘義務に違反する行為と評価することができるから、国家賠償法一条にいう違法な行為であると認められる。

三  損害について

1  原告は、三雄及び須加﨑との売買契約が締結されなかったことにより、予定していた規模の宅地開発、住宅地の分譲及び建物建築の請負等ができなかったことにより、販売利益等相当額の損害を被った旨主張する。

2(一)  ところで、国土法二三条一項、三項は、国土法に基づく届出を要する土地の売買に関し、右届出をした日から起算して六週間を経過する日か不勧告通知等があるまでは、当該土地売買契約はもちろんその予約契約を締結することも禁止しており、その違反に対して罰則を設けている(同法四八条)。

(二)  原告は、土地の開発造成等を業とするものであり、当然右規制を承知しており、それ故に、同法の手続を経たうえで売買契約を締結することにしていた。売主となる三雄及び須加﨑も、同じく同法の手続を経たのちに売買契約を締結することにしていた。

そのため、原告と三雄、須加﨑との間では、売買の対象とする土地、その売買予定価額が合意され、証拠金が授受されたが、売買に関する他の具体的条件(代金支払の方法・時期、引渡・所有権移転登記手続の時期等)については話合がされておらず、売買契約書も作成されていない。

(三)  以上によれば、原告と三雄、須加﨑とが前記土地につき売買契約またはその予約をしたと認めることはできない。

(四)  そして、また、前記認定の国土法二三条の届出までにされた原告と三雄、須加﨑間の合意は、場合によって売買契約を締結しないことにより損害賠償義務が生じることは別として、売買契約を完成させる予約完結権を有しあるいは契約を締結する義務を負担するといった法的拘束力のあるものではなく、三雄や須加﨑が売買契約を締結するかどうかはその自由な選択に委ねられており、これを締結しないことが場合により原告に対する不法行為ないし債務不履行として損害賠償義務を負うことがあるに過ぎないと解するのが相当である。

このことは、たとえ右合意に基づいて国土法二三条の届出をし、不勧告通知を受けたのちであっても、売買契約が締結されたと認められない段階では同様に解される。

3 原告の三雄、須加﨑との間の売買契約締結への期待利益は、右のような当事者間の法的状態のもとで認められる期待利益に過ぎないというべきである。

そして、右売買契約が締結されたことを前提とする、その履行によって得られるであろう利益は、売買契約が締結されていない段階で、かつ、売買契約締結の法的拘束力が認められない状態のもとでは、前述の期待利益には含まれないと解するのが相当である。

すなわち、売買契約が履行されないことによる損失は、売買契約が締結されなかったことと相当因果関係があるものと認めることはできない。

4 ところで、本件で問題とされているのは、右のような売買契約を締結しようとする当事者間のことではなく、第三者が右のような期待利益を侵害した場合である。

しかしながら、原告の利益そのものは、当事者間であろうと対第三者間であろうと同じであると解されること、当事者間で認められる利益、保護を超えて保護を与えるのは公平の観念に反することを考えると、売買契約の締結をあえて阻止しようとした場合など特段の事情のない限り、対第三者との関係でも同様に解するのが相当である。

5 原告が主張する損害は、原告と三雄、須加﨑との間で売買契約が締結されたことを前提とし、その履行がされないことによる損害と同一であると解されるところ、以上説示したところにより、右売買契約が成立していない状態での原告の契約締結への期待利益が侵害されたことと相当因果関係を認めることはできない。

これに反する原告の主張は、以上に照らし採用することはできない。

四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

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